ある記事で、菅氏が会見で語尾に「~だと思います」と付けまくっていることを問題視していた。それは僕も大いに共感する。僕自身はこのブログでもそうだが、極力「思います」と言う言葉を使うのを避け、そのかわりに「考えている」と言う言葉を使うようにしている。ではなぜ「思います」で締めくくることが問題なのか?
僕が一番思うのは、「思います」と言う言葉には意志が全く感じられないことである。「思ってはいるけど本当はどうかは分かりませんよ」と言う逃げの姿勢であり、責任感が全く感じられない。国のトップである首相にとって、意志をはっきりと国民に伝えることは非常に重要である。そのようなトップの強い意志を国民が感じ取ってこそ、この人に国の舵取りを任せようと支持できるのである。それに対して「考えている」と言う言葉は、「自分の頭で考えたことなので、責任も自分にある」ということであり、強い意志がこもっている。
そして二つ目は、「考えている」と言えば、「考えた結果次にどう動こうか」と言う次へのアクションが生まれる。そしてそのアクションによってさらに次のアクションが生まれる。というように、未来を積極的に切り開いて行くことができるのである。しかし「思います」と言ってしまえば思っているだけで、それで終わってしまう。自分は思っているけどどうなっても仕方がない、と言う意味合いである。
このような語尾の言葉一つとっても、その人の意志や覚悟が強く読み取ることができる。いま国民からの支持率がじり貧に陥っているのはそういうところから来ているのだと思う。もちろん原因はそれだけでない。しかしこのような無責任な言葉の語尾と不実行な姿勢は完全に一致しているのではないか。おそらく菅氏が言葉の語尾の問題に気が付いたとしても、そう簡単には修正できないと思う。それは意志が言葉について行かないからだ。そして語尾を直すと言う事は、自分の責任を増大させることでもあるからだ。果たして菅氏はそのような意志を持って変革できるであろうか?