受験勉強は役に立つ?立たない?

受験勉強は本当に役に立つのか?多くの人が考える問題であろう。この問いに対して僕は「役に立つ」とも「役に立たない」とも断言できない。その理由を書こうと思う。

「役に立つものもあれば、役に立たないものもある」と言えば当たり前の事になる。では「役に立つ」とはどういう事か?それを考えなければならない。高校以下の学校での勉強は、実用から要請されたものというより、人間観を養成して基礎的思考力を身に付けることが目的だと言ったほうが良いであろう。すなわち、勉強によって視野が広がったならば、勉強が役に立ったと言える。では具体的に勉強の何が、どの教科が役に立つのか?と考えた時に、それは教科の内容よりも、学ぶ者の意識に関わることであることが分かる。同じことを学んでも、それが役に立つ人と役に立たない人がいる。すなわち、どのような意識を持って学ぶか?という事が重要なのである。

受験勉強も同じである。全く役に立たないことをわざわざ勉強させることなどあり得ない。何らかの役に立つから勉強をさせるのである。しかし実際は、勉強が全く役に立っていない人もいる。これはやはり意識の問題である。受験勉強に関しても、ただ単に学校に合格するためだけにやっているのでは、学校に入った後は全く役に立たないことになる。「受験勉強」をするのではなく「学問を修める」ことが重要なのである。学生にこのような意識を持たせることは非常に重要である。しかし一部の学校では相変わらず「受験に合格させる」ためだけに勉強をさせている。そのような教育こそ不毛以外の何物でもない。それは「学生のため」の勉強ではなく「学校のため」の勉強と言える。

受験勉強を、「受験が終わったからもう関係ない」と捨て去るのは、人生を捨て去るも同然だ。勉強は、受験が終わってから、あるいは社会に出てからが勝負なのである。受験勉強を有益にするのも無駄にするのも自分次第、自分の意識の持ちようにかかっている。そして学校の教師は、勉強を教える前にこのような事を教えなければならない。しかしこのような視点で受験勉強を捉える事は、まだまだ社会的には欠けているように思える。

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