受験至上主義?

今コロナ禍の中で、緊急事態宣言が受験シーズンに直撃することが問題になっている。おそらく受験自体は滞りなく進むと思われるが、受験を準備する側、そして受験をする側双方にとって何らかの影響が出て来るものと考えられる。

世の中では受験がさも人生の一大事であることのように言われることがある。そして受験が人生を左右するとまで言われている。それは果たしてそうだろうか?もちろん、僕自身もそのような事を全否定しようとは思わない。しかしあまりにも度が過ぎると感じるのは僕だけだろうか?大学院時代の僕の友人も、「受験が重要過ぎる問題」と語っていた。そう、日本においては受験が重要過ぎることが問題なのである。もちろん海外でも受験が重要であることは変わりないし、韓国に至っては受験が日本以上の一大イベントとなっている。

しかし人間を、この「一時」だけで判断すべきなのか?もちろんこの一時のためにそれまでのあらゆることの積み重ねがあるのだから、「一時だけ」と言うのは不適切かもしれない。しかし人生は今では100年時代とも言われている。そのような長い人生を、若い時の数年の状況だけで判断するのは不適切ではないか。人生はいつでも再チャレンジ可能であるべきなのである。そしてこのことは裏を返せばいつでも転落してしまうと言う可能性もあると言うことでもある。

この受験と言う一時だけで人間を判断をしてしまうとどのような弊害が起こるのか?それは「自分が一番優秀だったのは受験生の時だ」と言う人が多いことに象徴されている。受験時と言う一時だけの才能ではなく、長い人生において常に才能を磨いていくことが重要なのではないだろうか?僕は生涯教育なんて言う生易しいことを言っているのではない。真剣に人生に向き合うべきだと言っているのである。自分で言うのもなんだが、僕は常に自分の才能を磨くことを怠らずに生きている。大学時代には大きく調子を崩し、思うように勉強ができない時が続いたこともあった。ならばできるようになった時に真剣に思いっきり勉強や研究に打ち込めばいいではないか!僕はその辺の受験至上主義の人間なんかには絶対に負けない自信があるし、それを身を挺して示すべきだと常に考えている。

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