孤独には自分が試されている。

僕はこれまで何度か述べたように、孤独を愛する男だ。もちろん何人かでワイワイするのも良いが、基本的には一人でいないとストレスも溜まっていく。大人数での協調と束縛が非常に苦手である。

一人でいるのは非常に自由であるが、その一方責任も全て自分が負うことになる。そして当たり前の事だが、することは全て自分で考えなければならない。普段から頭をフル回転させることが必須だ。もちろん、僕はそれは嫌いではない。死ぬまで頭を使い続けることが自分の使命であり、生きがいであると思っている。

自分で考えると言う事は、そこは自分の頭の見せ所である。そして自分で行動することは、自分の意志の見せ所である。つまり全て自分が試されている。他に人がいれば自分の苦手な事はその人に頼れば良いが、自分一人しかいなければ全て自分でしなければならない。もちろん自分一人で何でもできると言う訳にはいかないので人に頼ることもあるし、どうしてもできないことは放棄することもある。しかし放棄した後どうなるかは、全て自分の責任である。

しかし孤独と言うものは、非常にやりがいのある生き方だ。自分一人でしたことに結果が出れば、それは全て自分一人の成果になる。all or nothing と言う事である。それは究極的には、生か死か?と言う事でもある。もちろん何かに失敗したからと言ってすぐに死ぬわけではないが、それくらいの覚悟を持たないと孤独を突き通すことはできない。

日本では協調性を要求されることが多々あり、人と違うことをすればすぐに自己責任だと突き放す。つまり日本社会では孤独の入り込む余地が非常に少ないのだ。しかしそれでも孤独を突き通すことができるか?そこに自分が試されている。

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