小さな損を取って、大きな益を取る。

目の前の事しか見ていないと、物事の大局観が付かない。では大局観を付けるにはどうすればいいか?それは回り道をすることである。そして多くの失敗を繰り返すこと。どうしても失敗をしないで最短距離を取りたくなるものかもしれないが、失敗をしない最短距離というものは多くの場合既定路線であると言える。一度既定路線から脱線して冒険や挑戦を繰り返すことによって広い視野、すなわち大局観が身に付く。

では、大局観を身に付ける一番の目的は何か?それは「小さな損を取って、大きな益を取る」ことである。小さな益というものは、近視眼的に見えるものである。すなわち、大局観がなければ大きな益が見えない。そしてしばしば、大きな益を取るためにはそれまでに小さな損を取り続けることが要求される。小さな損を取るとは、ある意味投資であるとも言える。もちろん時には大きな投資をしなければならない時もあるが、自分の人間としての発展を目指すのならば自己投資は避けて通れない。

僕が一番重要視している自己投資は、書物に対するものである。はっきり言って現在余裕がある訳ではないが、書物や論文に対しては湯水のように投資している。そしてそれらの書物を効果的に使っているかと言えばそうではない。しかし書物がマイナスになることはない。小さくてもプラスか、最悪でもゼロである。もちろん、その前提には日々の書物との格闘がある。結果を出すべく、日々数式との格闘である。

最近、努力がネガティブに捉えられているように思えてならない。努力をしても成功する保証はないのに、なぜするんだ!というものから、努力というものをブラックに捉えられることさえある。確かに現在の社会においては、努力を無理に強要すべきではないかもしれない。努力をするもしないも個々の自由である。しかし大きな成功者の99%は努力している。学問に関しては100%だ。自発的な努力と強要を混同してはいけない。強要されてするのは努力とは言えない。僕自身も努力を他人に強要しようとは全く思わないが、自分が努力する自由は確保しなければならい。

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