散り際の美学?

プロスポーツ選手が引退する際の姿は、大きく二つに分かれる。一つは「散り際の美学」を持ち出し余力がある中でやめる人、もう一つはボロボロになるまで現役を続ける人だ。もちろん人それぞれ考え方や哲学があるのでどちらがいいかという問題ではないが、僕はボロボロになるまで現役にこだわる人の方が大好きだし共感できる。そもそも僕には「散り際の美学」というものが理解できない。そんな辞める一瞬の格好よりも、いかに現役を続けるかという問題の方がより深く大きいと感じるからだ。

サッカーで言うと、中田英寿か三浦知良かということだと思う。もちろん三浦選手は現役を続けているが、今でも最前線でプレーしており決してボロボロではない。そのような姿はさらに魅力的でもある。もちろん中田選手は超一流プレーヤーである。そんな中田選手に対して言うことなどは何もない。しかし個人的には出来る限り現役を続けてほしかったというのが僕の本心だ。超一流プレーヤーだからこそなおさらそう思う。

現役を続けるかどうかという問題は。プロスポーツ選手だけではなくあらゆる分野で言えることかもしれない。学問を追究している人なら、リタイヤするのか?あるいは死ぬ直前まで続けるのか?そういうことである。アインシュタインの最後の言葉は「(研究ノートの)最後の紙を取ってくれ」というものであったらしい。それはどのような学問を究めている人にとっても理想的な姿と言える。そもそも学問の研究に引退などというものはないと僕は思っている。しかし研究環境の問題や心身の問題から、リタイヤせざるを得ない人も多いのかもしれない。

今注目されているのは、メジャーリーガーのイチロー選手であろう。つい先ほどニュースで、イチロー選手がマリナーズと“マイナー”契約をしたという記事を見た。もしイチロー選手が日本球界に復帰すれば、バリバリの一流選手として破格の待遇を受けることが出来たであろう。しかしイチロー選手は世界最高峰のメジャーリーグで挑戦し続けることを選んだ。そのような選択には賛否両論があるだろうが、イチロー選手のいつまでもトップを目指し続ける姿勢、そして妥協しない姿勢は、イチロー選手を人間としてより輝かせて見せる。僕はそのようなメジャーにこだわり続けるイチロー選手が大好きだ!

散り際の美学なんていらない!

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