数学以外では、完璧を目指さない。

世の中には完璧主義者と言われる人たちがいる。何事も完璧でないと気が済まない人たちだ。完璧と言うと素晴らしい事のように思えるが、僕はむしろ完璧を目指すことから来る弊害と言うものは非常に大きいように思える。何事もちょっと緩い方が良いと僕は感じるのである。そもそも何事も完璧であると息苦しい。そもそも全ての事に対して失敗しない人はおそらくいないと思うし、それに失敗をすることによって気づくこともたくさんある。もし成功してしまえば(極論的に言えば)それで終わりである。失敗するからこそ次があるのである。そういう意味で、僕はどれだけ失敗し、そこから立ち上がっていくかと言うことが非常に重要だと考えている。

しかし完璧でないといけない学問がある。それは数学である。数学は完全論理の世界であり、虫の穴一つ見逃してはいけない。もしかしたら虫の穴くらいは見逃しても良いのではないかと思うかもしれないが、数学においてはその虫の穴が致命傷になることが多いのである。重箱の隅を突いているようなことが、実は重大な意味を持つ事があるのである。そして当たり前の事のように思えることが、実は全然当たり前ではなく反例が出て来る。そしてそのような反例から新しい数学が生まれるのである。

数学に比べると、物理学と言うものは幾分いい加減である。そこが良いところでもあり良くない所でもある。数学の極度な完璧性に音を上げて物理に進む研究者がいる。昔の僕も、物理の適度に緩いところが良いと思っていた。しかし今は数学の完璧性のとりこになっている。物理でも数学的な完璧性を目指す数理物理をやっているのもそういう理由があるのかもしれない。そしてそのような完璧性を突き詰めて行くと、やはり最終的には数理論理学(数学基礎論とかロジックとか言う)に行きつくのではないだろうか。究極的にはやはり宇宙と言うものを論理学的に構成したいものである。

僕は日常においては全く完璧主義者ではない。と言うよりむしろ平均的な人よりも緩いと思っている。そしてこれまで様々な数学者を見てきたが、意外と日常においては緩い数学者が多いように思える。やはり数学における完璧性と、日常における緩さを使い分けることが非常に重要だと思う。なので数学以外の事は完璧を目指さない方が良いと僕は感じている。

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