最近、世界史にはまっている。

表題のとおり、僕は最近世界史にはまっている。数理物理の研究や勉強の合間などに、世界史の教科書や図解などを読んで世界の過去の動きを理解し深めている。歴史と言えば大きく日本史と世界史に分けられるが、日本史に関しては中学の歴史でも習い、僕の場合は大学受験も日本史で受けたので、日本の歴史に関しては親しみがあり、大まかな流れもだいたい理解しているつもりだ。しかし世界史に関しては全く手つかずの状態であり、それだけに非常に新鮮さを持って取り組むことができている。

そのように世界史に取り組む中で、色々と気になることも出てきている。その中で、世界史の一番の問題点は、カタカナ名があまりにも多いことだ。これは世界史を学んだ人から見ると当たり前に思うだろうが、これは非常に大きな問題だと僕は考えている。海外の人物や物、あるいは概念の名前は、当たり前であるが外国語で定義されている。百歩譲っても英語で記述されていると言える。それを読みだけを取って無理やり日本語(カタカナ)で書かれているものだから、非常に不自然で、また人や本によって表記が異なることが多い。そのような問題点を克服するためには、現地語で学ぶことが必用だ。なので大まかに世界史の流れを読んだ後は、英語(洋書?)で世界史を理解することが一つの目標だ。

しかし日本における世界史において、必ずしも欠点ばかりではない。日本における世界史は、世界的に見て非常に中立的に書かれていると言われている。海外における世界史は、その国の主観などが入り偏っていることが多いと言う。なので日本で中立公平な世界史を学ぶことは非常に利が大きいと言える。まずは日本語で世界史を学び、そしてそこから専門的な海外史を洋書で読むのが非常に良いのかもしれない。

とは言え、現在の僕は世界史に関してはまだまだ初心者だ。そしてカタカナ語をなかなか覚えることができない。しかし歴史を学ぶことは、単に過去の事実を暗記することではないと何かの本に書いていた。歴史の本質は、過去の事実や動きを分析して復元することだ。そのような意識を持って歴史の勉強に取り組むことにより、暗記科目では得られない深い理解が得られるはずだ。

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