最近、僕が社会評論をしていない理由。

僕は最近、ブログで社会評論をほとんどしていない。いや、やり切れていないと言った方が良いかもしれない。その理由は、ポジティブな理由とネガティブな理由がそれぞれある。

ポジティブな理由は、評論者ではなく実行者になることが重要だと思っているからだ。例えば、政治家を批判しようと思えばいくらでもできる。しかし自分自身は政治家ではない。批判するだけして自分は何もしないというのはフェアじゃないと言える。もし政治家を本気で批判しようと思うのならば、自分自身が政治家になろうというくらいの覚悟が必要なのではないか。少なくとも自分が選挙に立候補するというくらいの行動力が必要かもしれな。もちろん政治家に対して国民が審査することは必要だ。そういう意味で、国民が政治家を批判することは非常に重要な意味がある。権力を放置してしまうと、自然独裁化をたどってしまう。しかし矢面に立たされているのは政治家であることも理解しなければならない。

ネガティブな理由は、自分が弱気になっているということである。現在、自分の人生に対しては積極的に強気に出ていることは間違いない。しかし社会の中で自分というものを考えると、なんだか評価を気にしているところがあるように思える。もちろん、社会での評価というものは重要かもしれないが、少なくとも僕自身は周りの評価などに行動を左右されるべきではないと思っている。僕の目指しているところはそういうところにある。その一環として、社会評論、政治評論をもっとすべきであるはずだ。しかし現在、それができていない。もちろん準備はかなりしている。なので、自分の気持ちの整理がつくと、また積極的に評論していきたいと思っている。

他人に対して自分の価値観を押し付けるのはおそらく間違っている。しかし自分の価値感を主張することは必要だと思う。政治や社会に対しても様々な価値観があるはずだ。だからそれぞれの人が様々な価値感に基づいて様々な評論をすることは必要だ。政治に対して、社会に対して、そして科学に対しても様々な価値感をぶつけ合い、正しい道を探っていくことが必要である。

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