有無を言わさぬ結果。

普段取り組んでいることに関して、自分の結果が認められないと愚痴や悩みを抱えている人は少なくない。ではなぜ結果が認められないのか?その理由は様々であろうが、ただ一つ、100%認めさせることができる方法がある。それは「有無を言わさぬ結果を残すこと」である。有無を言わさぬくらいだから、周りや組織も認めざるを得ない。それでも認められないのなら、即刻その組織から出た方が良い。

では、有無を言わさぬとはどれくらいの結果であろうか?それも人によって様々であろう。学生ならクラスで一番、学校で一番などと言うであろう。ビジネスで言えば10億円、100億円稼ぐことだと言う人もいるかもしれない。では研究においてはどうであろう。何らかの賞を取るとか、何らかのポジションに就くとか言うレベルもあるかもしれない。しかし「有無を言わさぬ」のだから、それくらいのレベルでは弱い。過去の人物で言えば、数学者ならリーマンやグロタンディーク、物理学者ならばニュートンやアインシュタインなどが絶対であろう。

このような事を言うと、そんなレベルは誰もが不可能だと言うかもしれない。しかし、誰もが不可能なのではない。その人が不可能なだけだ。実際、そのレベルの結果を成し遂げた人物が数人いるのだから、不可能なはずはない。まずは誰が挑戦するか?そしてそれらの挑戦者のうち誰が成功するかだ。まずは挑戦しないことにはそれらの候補にはなり得ない。

最近の若者は「悟り世代」だと言われることが多い。僕には何に悟りを開いているのかさっぱりわからないし、ただ単に初めからあきらめているだけだと思える。(もちろん、老人の中にもこのような人は多い。)しかしそれはそれでいい。なぜならそのように悟ることはその人の勝手だからだ。しかしそのようなくだらない悟りを他人にまで押し付けることはやめてほしい。悟って自分にはできないと思うのは自由だが、だからと言って他人もできないはずだと考えるのは非常に愚かで迷惑だ。実際に挑戦して成功しようと取り組んでいる人たちのなかに、このようなくだらない悟りを開いている人は一人もいないはずだ。

有無を言わさぬ結果を出すことに挑戦することは、人生を懸けるに値することだと僕は強く思っている。人生死ぬまで挑戦し続ける、そして挑戦を繰り返すことによって人生が作られるのだと僕は考えている。

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