本の読み方、「専門書は2回読む」。

僕は平均よりはかなり本を読んでいる方だとは思うが、それらの本を読んで行くうちに自分なりの本の読み方というものを会得してきた。一般書に関してははっきり言ってどうでもよいと思っているので、軽く読む時もあればじっくりと読む時もある。そんなに読み方にこだわりは持っていない。

問題は専門書(論文を含む)の読み方である。僕は専門書をかなり買いためているので、はっきり言って全ての専門書を読破するのは不可能だ。そもそも専門書というものは読破するためにあるのではない。本に書かれている知見を基に、自分の構想を実現するためにある。だから専門書の読破にこだわることは無意味だ。しかしもちろん、じっくりと読破する専門書もある。しかし多くの専門書は、必要な知見を修得すれば、それで十分なのである。必要ない記述の所を読むのに力を入れるのなら、その力を他の専門書の必要な部分に向ける方が良い。

昔、僕の恩師の大学教授が、「本を最初から最後まで読もうとするのは素人だ。」と言っていた。学生のうちはどうしても「読破感」を求めてしまうので、最初から最後まで読もうとする。途中で読むのを止めるのは、必要な所を修得したからではなく、リタイヤが原因であることが多い。まあ、リタイヤすると言う事は、よっぽど無意味で退屈だからなのかもしれない。本当に必要だと思えば、何が何でも読み続けようとするものだ。

専門書を読む時は、一度目はかなり速いスピードで読み飛ばす。そして全体の概観を掴むことを重視する。数式の厳密な計算にもこだわらない。そして二度目はじっくりと細部を詰める。もちろん、計算も全て確認する。一度目の読書で概観を掴んでいれば、二度目は意外とすんなりと入るものだ。一度目の読書で概観を掴んでいるかいないかで、理解は大きく変わる。一度目から熱心に細かい計算をしていれば、それが何のための計算かわからなくなることがある。自分のやっている計算の意味を掴むためにも、一度目の速読は必要だ。

僕の専門書の読み方はこんな感じだ。もちろん、このような僕のスタイルは一夜にして確立された訳ではなく、長い時間をかけて確立されたものだ。そして僕に合っているスタイルが、他の人に対しても合っているとは限らない。時間をかけて、自分独自のスタイルを確立することが重要なのである。

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