炎天下で何も考えずに死に物狂いで倒れる高校球児の姿は、もうダサい。

先日、大船渡高校の佐々木朗希投手についての話題を書いたが、数日経っても佐々木投手の決勝での登板回避に関しては賛否が分かれているようだ。僕はこの佐々木投手の登板回避とそれを決断した監督に対して称賛を送ると言ったが、現代的な野球システムを考えると称賛ではなく、常識的な判断でさえあると思える。

投手の肩は消耗品だ。それは野球に対する現代的知識としては常識である。佐々木投手の登板を抑えたことは、日本の宝を守ったとさえ言える。もちろん、今回の登板回避によって佐々木投手の未来が100%明るいものになったという保証はない。登板を抑えても故障する時はするし、投げ続けても耐えられる人は耐えられる。ただ確率的な問題だと言える。今回の佐々木投手の登板回避は、将来の成功の確率を高めたものだと言える。

高校野球と言えば、炎天下で無我夢中でプレーし、倒れることが美しいとこれまで言われてきた。現在でもそのようなステレオタイプのイメージを高校球児に押し付ける人は少なくない。しかし、もうそのような野球イメージはダサい。“何も考えず”に死に物狂いでプレーし倒れるような選手に、今は美しさなど感じない。むしろ今回の佐々木投手のように将来のプロでの活躍のために肩を守り、将来に備える方がはるかにクールである。甲子園に出ることが絶頂であるような選手は(もちろん高校野球としてはレベルが高いのだろうが)、結局そのレベルの選手でしかないと言う事だ。佐々木投手擁する大船渡高校に勝利し、マウンドではしゃぐ花巻東の選手に器の小ささを感じたのはそういうことだ。(一言付け加えると、花巻東は菊池投手や大谷選手を大切に育てた非常に素晴らしいチームである。)

それでも、がむしゃらに投げ続けることが本来の野球の姿で、現在の野球選手は甘やかされていると言う人がいるだろう。ならば、そのような昔の日本の野球レベルと現在の野球レベルはどちらが高いか?火を見るより明らかである。30年ほど前までメジャーで通用した選手はいたであろうか?野茂英雄氏がアメリカに渡るまで、本格的にメジャーでプレーできた選手はいない。しかし現在ではほぼ毎日のようにメジャーで活躍する日本人選手の姿を見るようになった。明らかに圧倒的に現在の方が日本の野球レベルは高いのである。システムは日々科学的に洗練されたものになって行く。科学嫌いの人にとっては不本意であるかもしれないが、そのようにしてあらゆる分野のレベルは向上して行く。野球だって例外ではない。

炎天下で何も考えずにプレーする高校球児はもうダサい。そしてそのような姿をダサいと思われるような野球知識を、多くの人が付けなければならない。これからは頭を使い、考えながらクレバーにプレーして行く時代なのである。そのようなスマートな野球こそが、これからのカッコいい野球選手の姿である。

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