知を得るために、リスクを取る。

何かを得ようと思えば、何らかのリスクを取ることは必要だ。例えば好きな女の子と付き合いたいと思えば、告白をしなければならない。しかしそれには振られるリスクもある。それは知を得ることに対しても同じだと言える。知を得るために何のリスクがあるのかと不思議に思うかもしれないが、実は様々なリスクが存在する。例えば金銭的なリスク、時間に対するリスク、自由に対するリスクなど、今考えただけでもこれだけのリスクが浮かび上がる。少なくとも、日本にいればこれらのリスクは受け入れなければならない。

そしてこれらのリスクを受け入れることにもつながるのだが、重要なのはとにかくアクションを取ることだ。アクションを取ることによって、あることに関してはリスクが増えるが、あることに関してはリスクを低減することができる。なのでリスクの大小だけでアクションを起こすかどうかを考えるのはナンセンスだ。しかし確実に言えることは、アクションを起こさなければ総合的に考えれば確実にリスクが増えると言うことだ。

日本人の国民性として、リスクを出来るだけ取らない傾向があるように思える。だから石橋を叩いて、さらに叩いて、そして結局渡らないと言う人もかなりいる。ある雑誌で読んだのだが、イスラエル人のビジネスは、不完全な製品でもとにかく世に出して、そして欠陥があればその都度直していけばいいという考えらしい。つまり日本人とは真逆な思考なのだ。だからこそ、日本企業とイスラエル企業が組めば、相補的な効果があり成功するとも言われている。もちろん、ある程度理想論であると言えるが。

無駄な事にわざわざアクションを起こす必要はないかもしれない。例えば、自分の利益にならないことには一切関わらない人も多い。しかし周りの人はそのような事をよく観察している。なので、利益にならないと言って関わらないことが、結局不利益に繋がることを理解した方が良い。物事は大局的に考えるべきであるし、さらに利益のあるなしに関わらず動くべき時もある。そのような事ができなければ、結局信用を失っていくことになるのだと思う。

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