知識が足りない!

前日のブログで教養について書いたが、自分自身どれくらい教養的知識があるかと言われれば、僕が目指しているレベルには大きく足りないと強く感じている。もちろん、大学時代には人より勉強してきたという自負はあるし、様々な分野に関して色々と首を突っ込んでみたりしたが、やはり目指しているレベルには大きく及ばない。最近目を通した本庶佑博士の医学関連の論文を読んでも理解できないところは多いし、専門用語もわからないものが多い。確かに100%理解することは困難かもしれないが、専門外の事であっても95%くらいは理解したい。そのためには専門外の事にも積極的に勉強(修行?)していかなければならない。

では、専門の分野に対してはどうだろうか?ここで一つ大きな足かせが存在する。英語である。僕は語学が極めて苦手だ。もちろんこれまで様々な英語論文を読んで来たが、英語表現、さらに英文法や英単語がはっきりと理解できなくて取りこぼしてきたことも少なくない。専門の英単語はまず分かる。しかし一般英単語が分からないことがある。中学時代から英語を疎かにしてきたツケが今になって表れて来ている。しかし、勉強に対して今からでは遅いということは全くない。語学が出来ないのなら今から修得すればよい。何ならフランス語まで修得しようかとも思っている。(大学時代の第二外国語はフランス語を取ったが、さっぱり分からなかった。)

しかし、研究の合間に語学を勉強しようと思っても、そのようなタイミングを作れずに逃がしてしまう。だから週一日、何曜日は語学や教養などの専門外の勉強をしようと固定したほうが良いと思っている。幸い、最近は英語が大分論理的に捉えることが出来るようになっているので、ある程度は修得できるような気がする。

学問を思考するには知識と知恵が大事だ。ではそのどちらの方が大事かと言われれば、圧倒的に知恵の方が大事だ。しかし知恵を出すためにも最低限の知識が必要だ。知恵を出すためには記憶力はそんなに必要ではないかもしれないが、知識を頭の中に留めておくためにはある程度の記憶力が必要である。そこそこの知識を頭の中に取り込んで、それを思考という装置に通して知恵や見識を生み出していかなければならない。

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