誰も理解できない生き方。

自分の生き方が理解されないよりかは、理解された方がうれしいし生きるうえでも楽になる。しかし理解されないことがダメな事かと言えばそうでもない。誰も達成したことのないチャレンジングな生き方をしていれば、自然ほとんどの人からは理解されない。理解されると言うことは、多くの前例があるからだ。そして無難な生き方こそ、理解されるための近道だと言える。

人間と言うものは意外と表面だけを見て判断している。例えば、あるサラリーマンが仕事ができるかどうかを稼ぐ収入で判断することが多いだろう。もちろん、稼ぐ収入が多ければ仕事ができる人間である可能性が高い。しかし中には、お金だけを手に入れて全く動こうとしない人もいる。そのような事は今社会で問題になっているそうだ。そして稼ぐ収入が少なければ仕事ができない可能性は高い。しかしチャレンジングであるがゆえに現在は稼げていないだけかもしれない。

人間と言うものは意外と奥深いものだ。しかしすぐに理解され評価されると言うことは、表面的な簡単な人間である可能性も否定できない。理解され評価されることにこだわる人も多いが、それが目的になってはいけない。結果論として評価されれば幸いだが、過程で評価される必要はない。結果で勝負なのである。もしチャレンジングな事に取り組み結果を出そうとする過程にいるのならば、もう少し我慢して頑張ってみるのも悪くない。

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