追い詰められると、正しい判断が出来なくなる。

日本におけるコロナ禍は、加速度的に悪化してきている。そのような危機的状況に、安倍首相が、そして国民一人一人が厳しい判断を下すことに迫られている。しかし人間と言うものは、追い詰められると正しい判断が出来なることがある。そのような事を、今の政府、そして多くの国民を見ていると強く感じる。

今なぜ、安倍首相が緊急事態宣言を出せないでいるのか?そして国民はなぜ、危険と分かりながら外出して様々な活動を続けるのか?それはただ経済的な問題との兼ね合いと言う一言に尽きる。多くの人は、「仕事をしないと収入が全く入らないし、お金が無くなれば生活もできない」と叫ぶであろう。それは最もである。しかし、お金と命のどちらが大切か?もちろん命であろう。しかし追い詰められてお金だと判断する人が少なくない。もちろん、お金に困って自殺する人も出て来ることは容易に推測される。なので、お金と命を簡単に切り離すことはできない。

しかし誤解を恐れずに僕は主張する。「今は命が大切だ。」外に出て活動する人に告ぐ。今むやみに外出することは、自分の感染以上に周りの人の感染を大きく誘発する。自分の生活が大事だからと言って、自己責任だからと言って、むやみに外出してはいけない。活動する本人は良くても、それによって周りの人々を殺してしまうことになるのである。それでも外出活動を続けるのか?

もちろん、責任は外出活動をする人々だけにあるのではない。緊急事態宣言を出さない安倍首相に最も大きな責任がある。政府が緊急事態宣言を出せば、外出しようとする人々に大きく制限を課すことになる。そのことによって、死者を半減することができる可能性がある。しかし、もちろんこれは可能性である。そこの可能性をはっきりさせようと政府は判断をこまねいているのだと思う。経済的損失はどれくらいになるのか?そのような算出をしているのだと思うが、それは緊急事態宣言を出した後でも良いのではないだろうか。議論をしている間に危険が広まるリスクの方が圧倒的に大きい。宣言を出して感染が収まると言う保証はないが、少なくとも広まることを押さえることができることは確実だ。

初めに述べたように、経済的損失によって自殺する人も出て来るに違いない。平時であれば、全ての危険性を排除することが求められる。しかし今は非常時である。例えば、99人の死亡と100人の死亡のどちらを選択するのか?と言う究極の選択であるが、他に全く情報がなければ、即座に99人を選択し一人でも多く救うことが求められる。これはあくまで非常時の選択であり、ある意味救急におけるトリアージの判断にも通じる。

今政府に求められているのは、慎重な議論ではなく国民に対するトリアージである。即座に的確な判断をすることが、一人でも多くの命を救うことになる。そこを安倍首相にも即座に理解してもらいたい。

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