非難を受けながら開拓していく。

開拓者と言うものは往々にして非難を浴びるものだ。もちろん結果を出せば皆黙るのだが、結果を出すまでは精神的に非常に苦しい状況に置かれる。そのような非難を浴びた開拓者として思い浮かぶのが、メジャーリーグへの道を切り開いた野茂英雄であろう。野茂氏もアメリカに渡る際は、ほとんどの日本人から絶対に通用しないと非難を浴びた。しかしそのような声も数か月もすれば消えて行く。皆を黙らせたのは紛れもなく野茂氏本人の活躍である。野茂氏の場合もそうだが、周りの人と言うのはほとんどがかなりいい加減だ。野球で言うと、新庄氏の時もそうであった。開拓者と言うものはほぼ例外なく初めは叩かれる。そこを切り抜けるためには結果を出すしかないのだ。

プロ野球には1軍と2軍、そしてチームによっては3軍がある。しかし2軍と言えどもプロ契約をしているプロ野球選手である。そのようなプロ野球選手でさえ2軍から1軍への切符を掴めるのは一部である。増してやプロでない立場に置かれている人がプロの1軍で活躍するのは絶望的に困難だ。しかしそれは周りから見た目であって、選手本人は自分の実力を誰よりも認識している。なので自分の力に自信がある人は、周りの人が絶対に無理だと言っても挑戦して結果を残すことが往々にある。あるいは現在はケガで一時的に活躍できない状況なのか?一時的な不調なのか?それは自分が一番よくわかっている。逆に周りの人が絶対に大丈夫だと言っても、自分に実力がないことを認識している人は結果を残すことは無理であろう。

ではスポーツと学問は全く違うのか?僕はそうではないと思っている。学問において自分の実力をどう判断するのか?その一つに「ビジョンを明確に描けているか?」と言う事がある。ビジョンとは結果を出すまでの道のりである。なのでビジョンを明確に描けていれば、後はそれに従って進むだけだ。もちろんその途中では想定外の事に多く出くわすであろう。そう考えれば想定外の事に対する対応力と言うものは非常に重要なスキルであろう。では想定外の事を乗り越えるためにはどうすればいいのか?それは全てを前向きにとらえるしかない。失敗をポジティブに捉え、次のステージに進むための糧にするのだ。そう考えることができれば、人々が失敗だとネガティブに捉えることでも全てポジティブな現象に変換できる。

今の僕は超ポジティブだ。周りの人は皆「なぜそんなにポジティブなんだ」と言う。しかし学生時代からの一時期、大きな不調に見舞われたことがあった。はっきり言ってその時は何もできなかった。しかしその時もなぜか「自分はできる」と言う自信があった。今考えるとかなり勘違いだったように思えるが、その時にそう考えて乗り越えて来たからこそ今の自分がある。さあ、次はどんな困難が待ち受けているのか?そして周りの人はどれだけ否定し非難するであろうか?そう考えた時、これから僕が身に付けなければいけないのは心臓に毛を生やすことかもしれない。

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