情報過多の時代の、情報のコントロール。

「いかに多くの情報を手に入れるか」という時代は過去のものになり、現在は「いかに情報をコントロールするか」という時代になっている。

ここで言う”情報のコントロール”とは、情報を操作するという意味だけではなく、”いかに不必要な情報をシャットダウンするか”ということも含まれる。

ネット社会の今、ネットで検索することによって、誰でも簡単に情報を手に入れることができる。しかしその「情報の質」を気にしたことがあるだろうか?ネットでの情報は玉石入り混じっており、価値ある情報からデマまで様々な情報が飛び回っている。価値ある情報も混じっているものの、非常に質の低い情報が多いのが現実だ。こんな時代こそ、再び「新聞」を重要視すべきではないかと思う。

最近、新聞による情報を否定し、スピードある生のネットの声に注目すべきだという意見が強まっている。その様な意見が出る理由は、ネットでは十ある情報のうち一つ正しいものがあると、その一つが強調されるが、新聞では十ある情報で九つ正しいものがあっても、残りの一つが強調されることにあると思われる。

確かにネットのスピードと生の声を無視することはできないが、鯛と同じで「腐っても新聞」なのである。基本的に情報の基盤は新聞に置くべきという理由はそこにある。

あと、必要な情報かどうかという判断基準に、「その情報は自分のパフォーマンスを上げるか」ということがある。パフォーマンスを下げる情報は入ってくる前に遮断しなければいけない。しかしネットで情報を集めていると、パフォーマンスを下げる情報が多いことに気付く。そういう意味でも新聞は重要だ。

日常で「誰と会うか」にも気を付けなければいけない。自分のパフォーマンスを下げる人、パフォーマンスを下げる情報を垂れ流す人とは、会うのを避けなければいけない。

この様に、「いかに情報をシャットアウトするか」という問題は現代では非常に重要であるが、それがなかなか難しい問題であり、それにどう取り組むかが自分も含めて多くの人にとっての課題であろう。

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