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被害者にプライバシーは全くないのか?

先日北海道で起こった重大事件の報道において、被害者の名前や顔、そして加害者との関係性などが何の配慮もなしに流され続けていることが非常に可哀想でならない。加害者の情報を報道するのはもちろんとしても、そこまでして被害者の個人情報を流す意味が本当にあるのか?さらに読者・視聴者が知りたいと望む情報ならば無条件に何でも流しても良いのか?甚だ疑問である。

特に今回の事件には、被害者にとってセンシティブな内容が含まれる。今の報道の状況を見ていると、被害者を晒しあげているようにも感じる。もし被害者が生きていれば、ここまで個人情報が垂れ流されることはなかったであろう。しかし被害者が亡くなった場合、途端に個人情報やプライバシーの問題が完全に無視される。被害者にとっては二度殺されたも同然だ。

つまり報道機関は、報道内容に対して本当にプライバシー保護が大事と思っているのではなく、単に横並びで基準を決めているだけのように思えてならない。そしてこれから予想されるのが、被害者への中傷だ。社会ではなぜか被害者、そしてその家族が中傷を浴びることが多い。そのような悪質的な中傷を防ぐためにも被害者の個人情報を流すことには慎重にならなければならない。

我々は被害者の名前を本当に知る必要があるのか?一部には「被害者の背景を知ることが重要だ」なんて声も聞かれるが、被害者のプライバシーを侵してまでもそんなことを知る必要は全くない。被害者の詳しい個人情報を知りたい、流したいと思うのは、報道機関の、そして一般市民のエゴでしかない!今回の事件の報道を見て、改めて被害者のプライバシー保護の問題の重要性を強く感じた。