手段を選ぶことは、過程を楽しむことだ!

世間では「手段を選ばない」と言われることが多い。例えばお金を稼ぐこと、今取り組んでいる事で結果を出すこと。確かにお金を得る事だけが目的なら、あるいは結果を出すことだけが目的なら、手段を選ばない事が一番の近道であろう。しかし手段を選ぶにしろ選ばないにしろ、必ず過程と言うものが存在する。ならばその過程も楽しまないと損ではないか!さらにその過程が大きな充実とやりがいをもたらす。そしてその結果として成功すれば言う事はない。

僕らのような40代の日本人が受けた小中学校でのテストはどのようなものであったか覚えているだろうか?おそらく算数・数学のテストの解答用紙は答えの数字だけを書くようになってたはずだ。しかし現在の小中学校では、その過程の数式・計算までしっかりと書くようになっているらしい。つまり昔のテストは結果さえ合えば過程なんてどうでもよかったのだ。何なら鉛筆を転がして書いても、それがあっていれば正しいと評価される。そのような教育を受けた僕らの世代では、過程を軽視する、つまり手段を選ばないと言う人が多くてもおかしくはない。もしかしたら現在の日本における閉塞感はそのようなところから来ているのではないか?

誰だって楽しく生きたいと思っているはずだ。しかし実際は人生を楽しめている人は少数派のように思える。多くの人は「現実はそうではない」と考えているはずだ。しかしそのような現実を選んだのは皆自分である。もちろん全員とは言わない。育ってきた環境によって苦しい立場に立たされている人もそれなりにいるはずだ。しかし偏差値だけを求めて、高収入だけにこだわって過程をないがしろにしてきた結果、人生が楽しくないと言うのは少し違うと思う。繰り返し言うが、自分の力ではどうしようもなく苦しい立場に立たされている人も少なからずいる。しかし自分で選んだ生き方をして、現実はどうだとか言って楽しくないと言うのはおかしいのではと僕は思うのである。

「苦しい」とは決して「楽しくない」と言う事ではない。つまり「苦しい」と「楽しい」は両立するのである。僕自身、現在は何とかそれを両立できていると思っている。はっきり言って、現在はあらゆる意味で苦しい。しかし限りなく楽しくもあるのである。そのように感じられるのは、手段を選ぶことにこだわって来たからだと僕は考えている。もし結果を出すためには手段を選ばないと言う立場を取っていれば、今は単に苦しいだけだったかもしれない。人生は死ぬまで過程なのである。なので結果を出すことも非常に大事だが、それ以上に過程が大切だと言う事に気づかなければならない。手段を選んで過程を楽しんで、それこそシンジョイ(新庄並みにエンジョイする事)しなければならない。

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