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YouTube再起動!

最近、YouTube動画を出せないでいた。原因はまず、いまいち調子が乗らなかったと言うこと、そしてもう一つは動画で取り上げようと考えている一冊の本だ。調子が乗らなかったと言うのは不調だったとも言えるが、別に病気であったわけではない。とは言えかなりストレスを抱えている状況なので、それも大きな原因である。

もう一つの原因である本とは、真鍋淑郎著「地球温暖化はなぜ起こるのか」(講談社ブルーバックス)と言う本だ。著者の真鍋博士は言わずと知れた2021年度のノーベル物理学賞受賞者だ。そしてこの本は真鍋博士自身のノーベル賞受賞の対象となった研究の解説本でもある。なので今年のノーベル賞発表の時期に合わせて真鍋博士の著書の解説動画を出したかったが、この本の動画がなかなか作りづらいのである。その理由は、なかなか特徴が捉えづらいと言うことにある。そしてこの本は専門外の人にとってはそこそこ難解であるが、それは僕が視聴者にわかりやすく解説する必要がある。

真鍋博士の研究は、基本的にコンピュータシミュレーションに基づいている。なので何かの中核的な理論に基づいて構成していくと言う理論研究とはまた違った物であり、そこに特徴の捉えづらさがある。しかしうまく捉え、解説していくのが僕に求められた役割である。

上手く作れるかどうかはわからないが、またこれからどんどんと動画をアップしていきたいと考えている。真鍋博士の本以外にも色々取り上げていきたいし、またあるテーマについての短期講座の動画も作っていきたいと思っている。これからの僕の動画を楽しみにしてくれると、非常に嬉しく思います。

最後に僕のYouTubeチャンネルのリンクを貼りますので、よろしくお願いします。

リンク:三分間サイエンス By Kihara

WindowsからMacに乗り換えました!

これまで使用していたHPのWindowsパソコンにいろいろトラブルがあって、AppleのMacに乗り換えることにした。機種は「MacBook Air」、とは言え、吊るしの状態だとスペックが少し足りないと感じたので、メモリを8G→16G、ストレージを512G→1Tにカスタマイズしたものを注文した。そして二日前にそれが届いたので、昨日は一日中設定に時間を費やした。

では、前に使っていたパソコンのどこが不満で、どこにトラブルがあったのか?まずインテルのCPUがあまりにも酷すぎた。三年前のモデルであったが、CPUはかなり上位のCore i7とかなりスペックは高かったのだが、電源を入れて3分もすれば熱暴走を起こし、電源が落ちてしまうのだ。しかも冷却ファンが回ったり回らなかったりとHPのファンの制御も酷かった。そこで冷却優先の設定にするとファンがフル稼働するのだが、今度はCPUの性能が抑えられてはっきり言って下位のインテルCPUであるCeleronではないかと思うくらい性能がガタ落ちするのだ。これでははっきり言って日常使いもできない。そして性能には直接関係ないが、買った時からディスプレイのヒンジが曲がっているのだ。

それでHPにもインテルにも、そしてWindowsにも愛想を尽かして、Macに完全に乗り換えることにしたのだ。

今、Macを使って二日目であるが、Macを買って大成功だったと強く感じている。ほとんどの面においてMacが優っているのだ。ただ一つだけ問題がある。Macのスピーカーの音がかなりこもって非常に聞きづらいのだ。これは元々そうなのか、それとも僕のMacの個体が不良なのかわからない。しかしスピーカーの音だけはHPの方が遥かに良かった。ちなみにHPのパソコンのスピーカーは、バング&オルフセンと言う音響機器メーカーが開発したスピーカーだそうだ。

CPUなどの性能を見れば、AppleのM1チップはインテルチップの三年先を行っていると僕は思っているが、それ以上に違うのがMacとWindowsの完成度の違いだ。Macの完成度はWindowsの十年先を行っていると言っても過言ではないであろう。今までWindowsを使っていた僕にとって、Macの全てが感動ものだ!とにかくOSの質感が全然違う。そしてMacは簡単な操作でちょっとした内部にまで入り込める。とにかくシンプルでわかりやすい。おそらく僕はもうWindowsに戻ることはないだろう。

欲を言えば、さらにスペックの高いMacが欲しいと言う気持ちはある。しかしそれはこれから結果を出してからでも遅くはないであろう。今回買ったMacを駆使して、どんどん前に進んで行こうと思う。

パソコンの選び方。

一年半ほど前に新しいパソコンを買ったのだが、今非常に後悔している。何に後悔しているかと言うと、一言で言うと「性能」である。しかしCPUの種類とかストレージやメモリの容量と言った、数値などで表せるような分かりやすい部分ではない。ではどこが問題かと言うと、排熱構造である。店頭では様々な性能を表示してはいても、排熱構造まで説明しているところはまずない。では排熱構造が悪いとどうなるか?当たり前の事ではあるが熱がこもってしまう。その結果、CPUがオーバーヒートして電源が落ちてしまうのである。このような排熱に関する問題は、実際にトラブルにならないと実感しづらいものである。

僕のパソコンはスペック自体はかなり高いものである。CPUはCore i7、メモリ16GB、ストレージは1TB。少し詳しい人がこの数値だけを見れば、スペックは高いことがわかると思う。しかしこのような高スペックパソコンでも、すぐに熱がこもって頻繁に電源が落ちては宝の持ち腐れである。

では排熱が悪い原因はどこにあるのか?その一つの理由は、「薄型」パソコンであると言ことにあるだろう。薄さを求めるあまり、排熱構造が犠牲になってしまっているのである。とは言え、全ての薄型パソコンがここまで排熱が悪いわけではない。おそらく排熱構造もしっかりと考え込まれた薄型パソコンは、こんなに簡単にオーバーヒートを起こすことはないだろう。ちなみに僕が買ったパソコンは、世界的に大手のパソコンメーカーのものである。そして値段もかなり高いものである。

ではこのような失敗をした原因はどこにあるのか?それは「デザイン優先」で選んでしまったことである。実際、僕のパソコンはデザイン的には非常にお洒落なものである。そこに魅かれて買ってしまった。それまでは質実剛健なパナソニックのレッツノートを二台使い続けていた。レッツノートは非常に地味であるが、全く壊れることもなく非常に良いパソコンであった。デザイン的にも地味ではあるが、飽きの来ない愛着の持てるパソコンである。初めのレッツノートパソコンは十年以上経つが、今でも使うことができる。もちろんWindowsのOSはサポートが切れているので、Linuxに入れ替えてある。ちなみにレッツノートは分厚さはあるが、その分排熱に関しては最上級レベルに良いものを使っていると言う話を聞いた。そのような数値には表れない見えない部分にも深く手が加えられているので、最も信頼できるパソコンと言う立ち位置を確保できているのであろう。

このようなこともあり、今新しいパソコンを購入することを検討している。そして次購入しようと思っているパソコンの機種はほぼ決まっている。AppleのMacだ!Macは最近、CPUをインテル製から自社開発のものに乗り換えられた。そしてその自社製CPU(M1と言う名前である)のMacが非常に評判が良い。そしてコストパフォーマンスも抜群に良いのである。ちなみにAppleのM1Macの排熱は、そもそもほとんど熱が発生しないのでファンがほとんど回ることがないらしい。CPUなどに関する性能も、インテルとは比較にならないほど高いと言われている。このM1Macを買うために、少し貯金に励もうと思う。

iPad始動。

前からiPadが欲しくて仕方がなかったが、今日ついにiPadを手に入れた。と言っても2019年モデルの無印iPad10.2インチの中古を手に入れたのだが。とは言っても、やはり本当はこの一番安いモデルではなく、iPad Pro12.9インチが欲しいと強く思っている。そしてこの最上級iPad Proは来年前半に5Gとなってフルモデルチェンジすると言われており、その時張り切って20万円出して手に入れようと思う。

このように言うと今回が初めてのiPadだと思われそうだが、実は10年前に初めてiPadが世に出た時、その初代iPadを手に入れていた。なぜその時出たばかりのiPadを買ったかと言うと、これなら論文を見放題ではないかと感動したからだ。しかし当時はiPadの使いこなし方がわからず、結局ほとんど使わないで放置することとなった。そして今回もiPadを手に入れた一番の理由は論文を読むことだが、今ではiPhoneを縦横無尽に使いこなしコンピューターに関してかなり豊富な知識を習得してきたので、改めてiPadを手に入れて使い倒そうと思ったのである。

iPadを手に入れたのは良いが、環境構築にかなりお金がかかりそうだ。その中でも一番重要なのは、もちろんVPN(バーチャルプライベートネットワーク)だ。VPNは世の中にピンからキリまで存在しており、iPhoneアプリなどを見ても無料VPNアプリもかなりたくさん存在する。しかしVPNはセキュリティーとプライバシーの核になるものなので、そこをケチっては意味がないどころか、逆に危険性が増してしまう。世の中では無料VPNアプリ(特に中国系)ほど怖いものはないと言われている。VPNはお金が安全の質に直結してくる。なので徹底的に調べ、さっそく良いと思ったVPNと年間契約(一年で一万円以上)することにした。

あらかじめ論文や電子書籍をiPadに沢山入れておけば、外出先でも読み放題だ。今回の僕のiPadはWi-Fiモデルなのでモバイル通信はできないが、ちゃんとしたVPNを入れておけば外出先でのフリーWi-Fiもかなり安心して使える。

さあ、iPadをどれだけ使い倒せるか?そしてどれだけ研究に生かし結果を出せるか?外出先で論文が読めるのは非常に大きい。できれば来年の前半までに結果を出し、来年発売される20万円以上のiPad Proを手に入れるのが一つの目標である。さあ、頑張るぞー!

たまには旅行に。

週末、信州松本まで旅行に行ってきた。と言っても夜行バスでの弾丸旅行だ。僕は以前のブログでも書いたように、特に旅行が好きなわけでもなく、今回の旅行も旅行自体が目的ではなく、大学時代の同級生たちとの飲み会が目的だ。しかしそれとは別に、もう一つの目的もある。それはあらゆることに関しての気分転換だ。最近はなかなか調子が乗らないので、そこを何とか変革しようということである。

それにしても旅行は本当に疲れる。特に格安ホテルでの宿泊が非常に疲れる。高級なホテルに泊まれば快適に過ごせるのかどうかわからないが、余裕ができた時にはもう少し高級なホテルに泊まりたいものだ。

こんなに旅行が好きではないとか言いながら、今回の飲み会を企画したのは僕自身である。孤独でいるのは大好きだが、みんなと一緒にワイワイするのも大好きなのである。しかし今帰ってきたばかりで疲労が激しく、書いている文章もおぼつかない。また明日から研究に邁進し、マシなブログ記事も執筆していかなければならない。まあ、今日はこれくらいにして休むことにしよう。

回復したようだ。

ここ三日ほどの不調から回復したようだ。なのでまた明日からは良い記事を書ければと強く思っている。(本当は「今日から」と言わなければならないところだが・・・。)

ところで話は変わるが、どこにお金をかけるかということは、その人の人間性やセンスが非常に表れる。そしてもちろん、どれだけお金を持っているかということによっても大きく変わる。近年は失われた二十年の影響か、いかに節約するか?いかにお金を貯めるか?ということに世間の話題の中心が行っているように感じる。もちろん、無駄な出費を控えてお金を貯めることは重要だ。しかしそれ以上に大事なのは、お金を出すべきところで思い切って出すという事だ。そもそも、お金を貯める目的も、出すべきところで出せるようにするという事である。なので、お金を貯めるスキルを身に付けると同時に、お金を出すセンスというものを身に付けなければならない。

僕自身も無駄な出費は極力控えようと思っているが、出すべきところでは惜しまず出すということを心がけている。その中でも、書籍にかけるお金は極力惜しみなく使っている。贅沢などはお金に余裕が出来てからでいい。その時を楽しみにしている。今は自分の未来に対する投資に集中している。

しかし、ただ単にお金を出して自分に投資すればいいという訳ではない。その投資を最大限活用しなければならない。例えば、書籍に投資をするのならば、投資をした後にその書籍を縦横無尽に生かさなければならない。「お金+努力」が最大の成果を発揮する肝である。

同じ条件でも、どう考え、どう捉えるかによって、その後の進路は大きく変わる。お金も同じで、どこに自己投資すべきか?という判断次第でその後の自分の未来が大きく変わる。お金をただ単に貯めるだけでは非常にもったいない。今使うべきところで使い、それで成果を挙げ未来に回収すればよいだけの話である。お金に対する考えは、本当に人間性が表れるものだ。

毎日書きたい気持ちはあるが・・・。

毎日ブログをアップするのは僕の日々のワークになっている。毎日ブログを書き、毎日アップすることは、日々のリズムを整えるのにも一役買っている。しかし、時には調子が乗らずになかなか記事が書けない時もある。記事のストックもない。そのような時に無理に書いて質の悪い記事を出すのも本意ではない。なので一日くらい記事を書くのを休もうかとも思うが、休めば休んだで何だか気持ちが悪い。ならば少し譲歩して、調子が乗らず記事が書けないこと、それを記事にしようと今記事を書いている。本意ではないが・・・。

まぁ、一時的に調子が乗らなくても大概二、三日すればまた意欲も湧いてくると思うので大丈夫だとは思うが、不安な気持ちも少しある。記事が書けないだけならいいが、数学や物理が出来ないのはかなりつらい。ここは我慢のしどきか・・・。

とは言え、少しでも早く調子を戻すのに越したことはないので、いろいろ試行錯誤してみようと思う。自分の調子をコントロールするのも大きな実力である。これまで調子の悪い時もいろいろと乗り切ってきたので、これくらいのことはすぐに乗り切れるとは思うのだが・・・。

マンションのクワガタムシ

8月の最後の日、マンションの高い階で、一匹のクワガタムシを見つけた。コクワガタだ。それにしても、街中の高層マンションに、今では見つけるのも難しいクワガタがいたことには驚いたものだ。見つけたコクワガタはYシャツの胸ポケットに入れて家に持ち帰り、今日一夜を共にして山に返すつもりだ。

クワガタの中でも「黒い宝石」とも言われ、何万円もするオオクワガタは数年越冬するそうだが、コクワガタが越冬できないのは知っている。即ち、このコクワガタは長く見積もってもあと数か月の命なのだ。

このコクワガタと出会ったのも何かの縁、今晩だけはコイツに満足してもらおうと、梨の小片を与えてやることにした。それにしてもクワガタがこんなにペロペロとおいしそうに梨を舐めまくるのにはびっくりした。クワガタの舌は意外と長い。

出会いとは何も人間だけではない。虫との出会いもなかなかいいものだ。コイツと出会えて何だか幸せな気分になってきたぞ。明日山に帰って、元気に生きぬいてこい!

1.17 歴史的記憶へと移りゆく阪神・淡路大震災

今日2016年1月17日は阪神・淡路大震災が起きてからちょうど21年目にあたる。毎年この日には大震災関連のイベントが行われるが、年々その扱いは小さくなってきているように思う。もちろんその一番の原因は、5年前に起きた東日本大震災という未曽有の大災害が起きたことであることは言うまでもないが、それと同時に21年という月日が阪神・淡路大震災を歴史へと追いやったことも一因かもしれない。しかしこれは、阪神・淡路大震災は「歴史」の一部となるほどの大災害であったことを物語っている。

今の十代の日本人はすでに誰一人として阪神・淡路大震災を体験していない。何とも不思議な感覚である。21年前の大震災がついこの間の出来事のように思えるのだが。もちろん阪神・淡路より東日本の方が時間的に近いし、災害規模も桁違い、それに加えて震災に誘発されて起きた福島第一原発事故問題は現在も進行形である。

僕は神戸の実家のベットの中で大震災を体験した。あの日のことを鮮明に覚えている。そういえば昨日・今日(16日・17日)は、大学入試センター試験が行われている。大震災の時、僕はセンター試験が終わり、一息ついたところだった。センターが終わり、二次試験に向けて頑張るぞ!という時に震災は起きた。

大学受験に向かう道程で、電車が寸断された区間は歩いて次の駅を目指した。途中、焼け野原になった須磨区と長田区の境目あたりは、木の板が立てられ、その板にはそこにあったであろう家の住民の安否が書かれてあった。三宮では代替バスに乗るため、おそらく千人以上であろう人たちが数時間も並んでバスを待っていた。そして代替バスは倒れた高速道路のすぐ下の道を、渋滞でのろのろと走っていた。

今、日本は大災害時代に入ったと言われている。東日本大震災は桁違いとしても、土砂災害・洪水災害・地震災害・火山噴火災害と次々と災害が起きている。そして「想定外」を想定することが当たり前になってきた。もちろん想定外を認識するきっかけになったのは東日本大震災だ。

今年はまだ17日しかたっていない。あと348日残っている。この348日を日本人は無事切り抜けられるか、その保証はもちろんない。世界ではISの地獄の嵐が吹いている。この国外からの脅威と、国内の災害、今年の日本はこの外に対する目と内に対する目を気にしながら対処していかなければならない。

IS空爆、難民、テロの悪循環

現在のシリア難民の現状を、9日のテレビ番組「報道特集」を観て知った。シリア難民は、国内の悲惨な現状・ISの悲惨な支配から逃れて、ヨーロッパを目指して難民になっていると思っていた。しかしシリア難民が逃れる一番の原因を聞いて衝撃を受けた。ISが一番の原因ではないのだ。一番の原因は「ヨーロッパによる空爆」なのだ。フランスやロシアの空爆によって住処を壊滅され、難民となるしかないのだ。これを聞くとまさしく、ヨーロッパは空爆によって自分で自分の首を絞めているようなものだと感じる。

そういえば少し前、ヨーロッパの空爆によって死亡したイスラム人は数千人に上るというニュースを聞いた。その中にはIS構成員以外の多くの住民も含まれていると思われる。この犠牲者の数は、パリでのテロによる死者数をはるかに上回る。イスラムの人にすれば、ヨーロッパが空爆というテロを仕掛けているととらえるのもしかたない。

パリでのテロの前後、レバノンでもISによる大規模なテロが起きている。死者数も数十人にのぼる。しかしこちらのテロに関しては世界でほとんどニュースになっていない。「忘れ去られたテロ」と言われているという。人種差別をなくそうという動きが起きて数十年にもなるが、やはり現在でも潜在意識の中では人種・民族差別の意識は根強く残っているのかもしれない。あるいは先進国至上主義とでもいうのであろうか、発展途上国ではテロが起きても仕方がないという意識があるのだろうか。

当たり前の話ではあるが、ヨーロッパ人の命もイスラム人の命も重さは同じだ。少なくとも建前は。しかしこのようなテロが起きた時には本音が出てしまうのかもしれない。

日本人は建前と本音を器用に使い分けると世界で評判だ。確かにそうかもしれない。しかし欧米人は全て本音なのだろうか。人類皆平等と掲げながら、緊急時には白人の命とイスラム人の命を差別する。もちろん自国の国民を優先して助けるのは当たり前なのかもしれない。しかし頻繁に思うことだが、テロが起きた時の欧米人の発言・哀悼、どこか建前を表しているように思えてならない。パリの犠牲者を哀悼するなら、なぜレバノンの犠牲者も哀悼しない?もちろんフランス市民が自国で起きたテロの犠牲者を一番に哀悼するのはわかる。しかしアメリカ人も、そして何を言おう日本人までパリのテロ一辺倒でレバノンのテロ、空爆の犠牲者のことなど話題にもならない。

ISに発する世界の混乱は、欧米の心の奥底にある差別的感情が大きな原因であるような気がしてならない。そして地理的に離れているので欧米ほど影響はないかもしれないが、日本人の心も例外ではない。どこかイスラム人を見下しているような気がしてならない。もちろんISを許すことはできない。しかしそこでISに報復する前に、自分たちの心の底にあるものを冷静に顧みる必要があるのではないかと思う。