確率的思考。

物事を考える時、どう判断すべきか?僕はできるだけ確率的に判断しようと心がけている。常に物事のリスクとベネフィット(利益)を天秤にかけ、ベネフィットが大きければ実行するし、リスクが高ければ実行しないと言う判断を下す。特に現在のコロナ禍の中、このようなリスク判断は非常に重要になってくる。何事においても100%安全であると言う事はあり得ない。コロナ対策に関しても感染のリスクの高い行動は出来るだけ避けるべきであるし、ワクチン接種をするかどうかに関してもリスクとベネフットを冷静に確率的に比較し判断すべきだと考えている。

しかし僕の周りの人間たちはこう言うかもしれない。「木原(僕)は全然リスク判断が出来ていないではないか!」と。そう、僕はかなりリスクを度外視した判断をすることがある。現在の僕の座右の銘は「危険に飛び込め!リスクを負え!」である。とにかく自分からどんどんリスクに飛び込んでいくことを心がけている。先ほどのコロナ対策に関しては完全に確率的にリスク判断をすべきであるが、例えば自分の夢や将来を切り開いて行く行動に関しては、成功の成否を確率的に考えるようなことはしないし、そんなことを考えていれば全く行動に移せない。なのでかなりの危険があってもまずは飛び込んでいくことが大事である。そこには自分の確固たる意志と言うものが大きく絡んでくる。

最近は社会で数学と言うものが軽んじられてきているように感じる。しかし確率と言うものは完全に数学である。なので日常における様々な判断を確率的に行うためには、数学的素養と言うものは重要な要素になってくる。最近はプログラミング教育における観点から数学的ロジックの重要性が主張されることがある。しかし数学の一番の強みは「本質を見抜く目を養う」と言う事にある。物事を実用的観点のみで判断してしまえば、結果的に実用的な力さえも失ってしまうことになる。なので「役に立つかどうか?」と言う判断ではなく、「そのものに価値はあるか?」と言う価値判断を下せる素養を身に付けなければならない。そのためにはまず「役に立つ≠価値がある」と言う事を理解しなければならない。

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