大人の夢には命がかかっている!

子供のころにいろいろな夢を持っていたと言う人は多いだろう。しかし大人になるとそれらの夢をあきらめ、夢を持たなくなったと言う人が多いように思う。それどころか、大人が夢を持つなんてことがカッコ悪いと言う人さえいる。果たして大人も夢を持つべきなのか?それとも現実的に考えて夢など持たない方が良いのか?

僕は夢を持たない大人は、実は夢を“持てない”のではないかと考えている。そしてそれらの人達は、夢を持つ覚悟がないのではないだろうか?大人が夢を持つからには、単なる夢見る乙女(中年?)ではなく、それを何が何でも成し遂げなければならないし、そうでないと生きていけない。そう、大人の夢には命がかかっているのである。命をかけてまで夢に取り込もうとする人は非常に少ないのではないだろうか。だから多くの大人たちは夢を持てないのである。

自分の夢を実現しようと前に進んでいる人は、いくつかのことを犠牲にしなければならない。普通の人と同じような事をしたいなどと思っているようでは、突き抜けた夢を実現することはできない。将棋の藤井聡太七段は、大学進学を断念し将棋に専念することを決心したと言う。圧倒的な才能が有り将来有望な青年でさえそのような犠牲を受け入れなければならないのに、大人が夢を追求するのに犠牲を覚悟しないで出来るはずがない。あらゆることはトレードオフである。何かを手に入れたければ、何かを手放さなければならない。なので、自分は何を手に入れるべきか?また何がいらないか?と言うことを明確に自覚していなければならない。

夢を追求している人を笑う人たちがいる。僕はそのような人たちを逆に笑ってやりたい。何せ、それらの人は夢を持つ覚悟も才能もないのだから。現代の多くの人間の寿命は50年を優に超える。平均寿命が短かった昔なら、25歳くらいまでには夢の大まかな形を作り上げていなければならなかったかもしれない。しかし今では、50歳を過ぎてから夢を成し遂げることも可能である。だから中年だけでなく、高齢の人達も夢に取り組むことに遅いことはない。大人の夢を笑う人間は、前時代的な観念にとらわれている人間なのである。

確かに皆が皆夢を追いかけていては、それはそれで社会が成り立つかどうかわからない。しかし確実に言えることは、現在の日本では夢に取り組む大人が圧倒的に少ない。なので夢に取り組める大人たちがもっともっと必要である。現在日本は経済的にも下り坂のように思えるし、何だか表面的な事を繕っているように思える。建前万能主義社会の中で、堂々と胸を張って夢を追求する大人こそが今の世の中には必要なのである。

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