何が確かで、何が不確かか?

世の中の常識は時代ごとに変わるし、学問の内容も変遷していく。しかし数学において、昔正しかったことがその後になって間違っていたなんてことはほとんど聞かない。もちろん高度にはなって行くが、新しい数学と言うものは、過去の結果を基に積み重ねられて行くものだ。

しかし生物学や医学となると話は全く別だ。医学において、過去の常識が実は間違っていたなどと言うことは日常茶飯事だ。生物学や医学の進歩とは、ある意味過去の結果を否定することによって進んで行くと言える。もちろん全てが間違っていると言う訳ではないが、大部分が間違っていると言えるようである。

そのような事を考えると、「何が確かで、何が不確かか?」と言うことを明確にすることは、多くのことに対して難しく、時には不可能であると言える。確実に言えるのは、今確かだと言われていることは今の“常識”であって、それらの常識が正しいと言う保証は全くないのである。

人生においてもっとも価値があるのは、過去の常識を覆していくことだ。常識を容認することは誰でもできる。なので、常識を知っている人間などは何の価値もないのだ。ただし、非常識が良いと言っているのではない。次の時代の常識を作ることに価値があるのだ。医学や生物学などの科学でさえ間違いが山ほどあるのだから、社会や人間の行動や考えが間違っていることなど膨大にあると言える。なので、今の常識が正しいか?と言うことにとらわれるのではなく、次の時代の常識を開拓していくことが必要なのではないだろうか。

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